先日、ふと思い立って20年以上前の古い記録を検索してみた。2003年12月に発売されたSFファンタジーDVDドラマ『好夏(すいか)2「ミントプロトコル」』(ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2004参加作品)。そのスタッフロールの挿入曲クレジットに、当時私がアマチュアとして活動していたユニット名「Atomic Pulse」と、自作曲『巨樹』の名前が今も残っていた。
現在はラボでPythonやUbuntuサーバーを組み、ロボットアームやドローンの制御を教えている私だが、その思考の原点をたどると、1990年代半ばの高校時代から2000年代初頭の大学時代にかけて没頭した「ハードウェアシンセサイザーの打ち込み」と「授業用ノートPCの中に構築した仮想サーバー(VM)」に行き着く。当時の音源データが手元に残っていたので、そのサウンドアーカイブとともに少し昔話をしようと思う。
01. 1994〜1996年、クラシックの本丸に「V50」単騎で挑んだ高校時代
私の作曲と「構造設計」の原点は、Windows 95が発売される前後の1994〜1996年頃、高校時代まで遡る。当時使っていた機材は、中学入学時に手に入れた4オペレーターFM音源のシンセサイザー「YAMAHA V50」ただ1台だけだった。
私の通っていた高校には音楽科があり、校内の音楽コンクールといえばクラシックの生演奏が主戦場だった。周囲の参加者がホールや音楽室で演奏を録音したテープを提出する中、私はV50の内蔵シーケンサー(わずか2行表示の小さな液晶画面)に数値を打ち込み、ライン録音したカセットテープだけでその本丸に参戦した。まだ世間に「DTM」や「打ち込み」という言葉すら浸透していなかった時代だから、周囲や審査員の先生方からすれば「一体どうやって鳴らしているのか意味不明な音楽」だったに違いない(笑)。
しかし結果として、この打ち込み楽曲で校内コンクールを2年連続で受賞し、さらには関西圏の高校音楽祭における三重県選考会でも優秀賞をいただくことができた。
受賞した2曲のうち、1曲は『銀河の旅人』という、まだテクノにもなりきれないエキセントリックな実験曲(残念ながら音源は紛失)。そしてもう1曲が、シンプルなピアノ曲として作った『春風』だ。分厚いシンセ音色でごまかしが効かないピアノ曲だからこそ、左手のベースラインが一音ずつ階段を降りていくクラシカルなコード進行と、揺るぎないメロディの骨格だけで勝負した。
以下は、のちに音源を差し替えてリメイクした『春風』のアーカイブだ。前半(0:00〜1:47)は高校当時と同じくピアノ独奏のみで1コーラスを聴かせ、間奏(1:47〜)から温かなストリングスが重なって色彩が一気に広がっていく構成になっている。
SOUND ARCHIVE 01 // 高校音楽コンクール受賞・三重県選考会優秀賞(1994-1996 / Remake)
♪ 『春風』(Remake Ver. / 4:54) PLAYS : –
Original Gear : YAMAHA V50(内蔵シーケンサー単体制作)
Highlight : [0:00〜] ピアノ独奏による端正な順次進行と主題 / [1:47〜] ストリングスが重なる間奏と後半の展開 / [3:32〜] ドラマチックなCメロからラストサビへ
02. 専用機3台で構築した「箱庭の音響空間」——『GAZE』から『巨樹』へ
大学へ進学した2000年代初頭、世の中の音楽制作はパソコン(PCベースのDTM)へと一気に移行していた。しかし資金のなかった学生の私は、中学からの愛機「YAMAHA V50」に、アナログモデリングシンセの名機「Roland JP-8000」、そして単体ハードウェアシーケンサーの最高峰「YAMAHA QY700」を加えた専用機3台の布陣で勝負していた。
この3台を手にして最初に挑んだのが、デジタルハリウッド(デジハリ)が主催していた「ネット村」の動画コンテストだ。当時の私は「とにかく自分の作った曲を聴いてほしい」という一心で、3DCGなどではなく、初期の静止画像をコマ送りのように順番に並べた自作動画に『GAZE』という楽曲を乗せて応募し、入選を果たした。
『GAZE(凝視)』は、冒頭(0:00〜)から鳴り響く16分音符の鋭い反復シーケンスが背骨となり、11秒(8小節)単位で数学的に音のレイヤーが積み重なっていくプログレッシブ・テクノだ。0:44からの哀愁を帯びたリードメロディや2:35からの浮遊感あるストリングスブリッジを経て、最後(3:52〜)は再び冒頭と同じ1本のパルスへ収束してピタリと止まる。静止画の切り替えと音の構造がシンクロする設計が、映像系の審査員たちの耳と目を惹きつけたのだと思う。
SOUND ARCHIVE 02 // デジハリ「ネット村」動画コンテスト入選曲
♪ 『GAZE』 — Atomic Pulse(4:10) PLAYS : –
Used Gear : YAMAHA V50 / Roland JP-8000 / YAMAHA QY700
Highlight : [0:00〜] 11秒単位で積層されるパルスと4つ打ちビート / [0:44〜] オクターブ跳躍する哀愁のシンセリード / [2:35〜] 浮遊するストリングスと高速シーケンスの交差 / [3:52〜] 単一パルスへの収束
そして『GAZE』に続き、当時のインディーズ音楽配信サイト「muzie(ミュージー)」で憧れていた大嶋啓之氏やÅ氏、HAK氏のような「圧倒的にヘッドホンで聴くための箱庭的な音響空間」を目指して完成させたのが、DVDドラマ『ミントプロトコル』の挿入曲に採用された5分超の大作『巨樹』である。
テーマは「和とテクノ(エレクトロニカ)の融合」。この曲の最大の特徴は、冒頭から1分35秒間、ドラムビートが一切入らないことだ。V50の硬質で温かみのあるマレット(木琴系)のミニマルな反復から始まり、0:34から壮麗なストリングスと篠笛(フルート)を思わせる透明な「和」の旋律が、深い森の夜明けを描くように立ち上がる。そして1分35秒、静寂を破って重厚なテクノビートとベースが突入し、2分06秒からはその推進力の上に前半の「和の旋律」が再び重なり合う。
さらに3分09秒で再びビートが完全に消え去り、オルゴールや鉄琴、ハープのような繊細な粒立ちだけが空間に結晶化する30秒間のブレイクパートから、3分41秒のドラムフィルでクライマックスへ突入し、最後(4:32〜)は再び冒頭の木琴の反復へと還っていく。同時発音数やエフェクトの厳しい制限の中で、パンニングやベロシティを1ティック単位で追い込んだ「音によるコーディング」の集大成であり、憧れのクリエイター陣と同じクレジットに自分の名前が並んだときの喜びは、今でも鮮明に覚えている。
SOUND ARCHIVE 03 // DVD『ミントプロトコル』挿入曲(2003)
♪ 『巨樹』 — Atomic Pulse(5:09) PLAYS : –
Used Gear : YAMAHA V50 / Roland JP-8000 / YAMAHA QY700
Highlight : [0:00〜] 木琴のミニマルとビートなき「和」の叙情詩(0:34〜) / [1:35〜] 覚醒するテクノビートと和旋律の融合(2:06〜) / [3:09〜] 静寂の箱庭ブレイクとクライマックス(3:41〜)
※当時のステレオ定位と空間設計を体感していただくため、ヘッドホン・イヤホンでの試聴を推奨します。
また、こうしたシリアスで壮大な楽曲だけでなく、同じハードウェア3台を使って、チップチューン風の乾いた電子音リフから始まり、疾走するビートと重厚なシンセブラス、そして中盤(1:41〜)の静謐なブレイクへと展開するポップでハイテンションな楽曲『Pon Pon』なども制作していた。せっかくなのでこちらもボーナスアーカイブとして並べておく。
SOUND ARCHIVE 04 // BONUS TRACK
♪ 『Pon Pon』 — Atomic Pulse(3:25) PLAYS : –
Used Gear : YAMAHA V50 / Roland JP-8000 / YAMAHA QY700
Highlight : [0:00〜] ソリッドな電子音リフ / [0:33〜] 飛翔する高音リード / [1:07〜] 重厚なシンセブラス / [1:41〜] 静寂のブレイクと再構築(2:16〜)
- PHASE_01 // HIGH SCHOOL (1994-1996)
- YAMAHA V50単騎での構造証明:わずか2行表示の内蔵シーケンサーのみで『春風』『銀河の旅人』を制作。クラシック生演奏がひしめく校内音楽コンクールで2年連続受賞、および三重県選考会優秀賞を獲得。
- PHASE_02 // HARDWARE SEQUENCING
- 専用機3台による箱庭音響空間:V50 + Roland JP-8000 + YAMAHA QY700。静止画の連続と音のパルスを同期させてデジハリ動画コンテストに入選した『GAZE』、そして和とテクノを融合させた5分超のDVD挿入曲『巨樹』を設計。
- PHASE_03 // LOCAL VM & WEB DEV
- ノートPC上の仮想サーバー実験室:社会学部の授業用ノートPC上にVMを構築し、Red Hat、FreeBSD、Vine Linuxを稼働。深夜23時の「テレホーダイ」を待たず、C・Perl(CGI)・PHPの動的環境をローカルで徹底検証。
03. 社会学部の授業用ノートPCと、深夜23時の「テレホーダイ」仮想サーバー実験室
ハードウェアシンセの画面で数値を追い込み、音楽を「構造」として組み立てていた私は、大学で同時期にプログラミングの世界へ急速にのめり込んでいった。
実は、私の出身は情報系の学部ではなく「社会学部社会政策科学科」である。パソコン自体、大学に入学してから授業用に購入した1台のノートPCが始まりだった。しかし、自分の曲を紹介するサイトを作るためにHTMLを書き始めた瞬間、関心は「ページを飾ること」から「裏側で動くインタラクティブな仕組み(プロトコル)」へと完全に切り替わった。
そこからはC言語、Perlを使ったCGI、そして当時台頭し始めていたPHPへと独学で突き進み、やがて大学の先輩のアルバイト先などから依頼を受けて企業の紹介サイトなども制作するようになった。就職活動でようやくメールが必須になり始めたような過渡期であり、Web上に拠点を構えること自体がまだ最先端だった時代だ。
当時のネット環境といえば、夜23時から通信料が定額になるNTTの「テレホーダイ」全盛期である。深夜にならないと満足にネットへ繋げないため、日中のオフライン時間をどう使うかが勝負だった。そこで私が選んだのは、授業用の非力なノートPCの中に「VM(仮想マシン)」を立て、自分の部屋にサーバー環境を丸ごと再現することだった。
限られたメモリとCPUをやりくりしながら、VM上にRed Hat LinuxやFreeBSD、Vine Linuxを次々とインストールしては、ApacheやPerl、PHPの環境を手探りで構築した。小さなハードディスクがカリカリと音を立てる中、黒いコンソール画面と向き合い、「なぜ動くのか」「なぜエラーが出るのか」をひたすら検証する日々。正直なところ、毎日が実験のような感覚で、大学の授業どころではなかった(笑)。
だが、この「制限された環境の中で、ゼロから構造を組んで動かす」という徹底的な実験の積み重ねは、思わぬ形で実を結ぶ。当時の日本は就職氷河期の真っ只中だったが、私はゼミなどには目もくれず「仕事はネットワーク・プログラミングで行く」と決めており、結果としてベンチャー気質の企業へとすぐに就職が決まった。
V50の小さな液晶画面から始まり、3台のシンセサイザーとノートPCの仮想サーバーを経て、プロのエンジニアリングの現場へ。そのベンチャー企業でどんな現場に飛び込んだのか――その続きは、また次回のコラムで話そうと思う。
ARCHITECT’S ORIGIN // ENGINEERING & ROBOTICS LAB
「なぜ動くのか」を解剖し、自ら構造を設計する力を育てる。
ハードウェアの制限やシステムの裏側にある論理構造(プロトコル)を理解すれば、既存のツールに使われる側から「創り出す側」へと視点が変わります。当ラボの核となる指導理念や、最新コラムの配信・学習相談は以下よりご覧いただけます。
