先日、自宅の玄関ドアのところで、ハッとするほど鮮やかな緑色をした珍しいクモを見かけました。
調べてみると、名前は「アオオニグモ(青鬼蜘蛛)」。「鬼」という少し恐ろしげな名前がついていますが、毒グモではなく、オニグモの仲間では中型に分類されるおとなしい種類のようです。
それにしても、透き通るような緑色と、白いお腹のコントラストが本当に綺麗です。普段は葉っぱを丸めて巣を作り、その中に身を潜めているため、この緑色が天敵から身を守る「保護色」になっているのだとか。アオムシやカマキリ、バッタと同じように、葉の上や草むらにいればきっと見分けがつかないのでしょうね。
「緑色のクモがいるなら、他にもいろんなクモがいるのでは?」——そんな小さな好奇心から少し調べてみると、想像以上に奥深い「歴史と言葉の世界」が広がっていました。(※虫が少し苦手な方も、言葉のストーリーとして読んでいただければ嬉しいです)
01. 江戸時代の「座敷鷹」と、Jumping Spider の健気な生態
世界のクモを調べてみると、全身が鮮やかな黄色のものや、赤と青の模様を持つ「ピーコックスパイダー(孔雀蜘蛛)」、そして大きな目がなんとも愛らしい「ハエトリグモ」など、実に多様な姿に出会います。
このハエトリグモは体長1cmほどの小さなクモで、私たちの身近な家屋にもごく普通に暮らしているそうです。拡大した写真で見ると、正面に並んだ大きな目がこちらをじっと見つめているようで、なんだか愛らしく思えてきます。
さらに調べてみて興味深かったのが、この小さなクモと江戸時代の人々との関わりです。
江戸時代の一時期(寛文から享保頃)には、ハエトリグモを「座敷鷹」と呼んで、蝿を捕らせる遊びが流行した。これは大人の遊びで、翅をやや切って動きを制限したハエを獲物とし、複数のハエトリグモにそれを狩り競わせるというものだった。文字通り、鷹狩りの室内版だったのである。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
やがて座敷鷹が娯楽として定着するにつれ、クモを売る商売やクモを飼い置くための蒔絵を施した高価な印籠型容器まで出現した。強いクモは非常に高価で、当時の江戸町人の平均的な月収に相当したという。
蒔絵(まきえ)を施した美しい印籠に入れて飼い、「室内版の鷹狩り」として大人が夢中になって遊んでいたとは、なんとも粋で面白い文化ですね。
でも、体長わずか1cmほどの小さなクモが、どうやって素早いハエを捕まえるのでしょうか?その答えは、英語の名前の中にありました。
非常に多くの種類がある。いずれも比較的小型で、足も長くないが、よく走り回り、ジャンプも得意。英名はジャンピングスパイダーである。歩きながらえさを探す徘徊性のクモである。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
英語では「Jumping Spider(ジャンピング・スパイダー)」!
英語の名称は、その生き物の「一番の特徴や動き」をそのままシンプルに表していることが多く、名前を聞くだけで生態がパッとイメージできますね。
巣を張って待つのではなく、小さな体で一生懸命に歩き回り、獲物を見つけたらジャンプして捕まえる。そうやって言葉から姿を想像してみると、なんだかとても健気に思えてきます。これまでは家の中で見かけると驚いてしまっていましたが、小さな命が精一杯生きているのだと思うと、「次に見かけたら、そっと外へ逃がしてあげよう」と優しい気持ちになります。
02. 「タランチュラ」の語源と、18世紀の英語辞書に記された伝承
もうひとつ、調べてみてイメージが大きく変わったのが、毒グモの代名詞のように言われる「タランチュラ」です。実はその毒の強さは、人間にとって致命的なほどではないそうなのですが、何より驚いたのはその「語源」でした。
語源はイタリアの港町、タラントであるとされる。その地方には毒グモの伝説があり、それに噛まれるとタランティズムという病を発症するといわれた。タランティズムの患者は死なないためには、タランテラという踊りを踊ればいいという伝承があり、この伝承に触発されて多くの音楽が作られた
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用
さらに、1755年に出版されたサミュエル・ジョンソンの英語辞書には、次のように記されていたそうです。
- DICTIONARY ENTRY (1755) // 18世紀の英語辞書による定義
- “An insect whose bite is only cured by musick.”
(これに咬まれると、音楽以外に治療法はない昆虫) - SYNTAX POINT // 英文構造のワンポイント
An insect(昆虫 ※当時の分類)という名詞の後ろに、関係代名詞の所有格whoseが導く節(whose bite is only cured by musick= その咬み傷が音楽によってのみ治療される)がつながり、どんな生き物なのかを説明しています。
「タランチュラに咬まれたら、踊って歌って毒を吹き飛ばせ!」だなんて、本当かどうかはさておき、なんとも呑気で平和な、素敵な伝承ですよね。怖いばかりだったタランチュラのイメージが、一気に変わってしまいました。
03. 正しく「知る」ことは、世界へのまなざしを豊かにすること
一方で、中南米の「バナナスパイダー(クロドクシボグモ:学名の Phoneutria はラテン語で『殺人者』の意味)」や、日本国内の住宅地でも報告がある「セアカゴケグモ」など、本当に毒を持つ種類についても調べてみました。幸い、どちらも現在は血清があるため、万が一咬まれても適切な処置を受ければ深刻な事態には至らないとのことです(身近な場所では引き続き気をつけたいですね)。
- POINT 01 // 「知らない」ことによる怖さと決めつけ
- 相手のことを何も知らない段階では、見た目や名前だけで「気味が悪いもの」「怖いもの」と一括りにして遠ざけてしまいがちです。
- POINT 02 // 「言葉と背景」を知ることで生まれる理解と安心
- 一つひとつ名前や生態、語源を調べていくことで、健気に生きる小さな命への愛着が生まれたり、本当に注意すべき対象との適切な距離感が分かったりするようになります。
玄関で見かけた1匹の緑色のクモから始まって、江戸時代の遊びや英語の名前、イタリアの伝承まで、思いがけない知識の旅をすることができました。日々の学びもきっと同じで、「これって何だろう?」という小さな疑問から言葉を調べ、背景を知ることで、見慣れた日常の景色がぐっと面白く、温かいものに変わっていくのだと思います。
➔ 実際にスコープでハエトリグモを観察してみた【第2弾】はこちら
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